風見鶏はどこを向く?

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事件報道の経過を辿る ~新幹線襲撃事件から

 

 先日、このツイートを見た。事件報道を巡る現状に対して受ける印象は様々だが、このサイドからの意見は初めて見たような気がしたのだ。

 

 メディアの事件報道は、その強引な取材方法とまとめ方から昨今激しい批判に晒されている。社会から事件報道が求められていない、というのがしあわせな国の冗談に聞こえないほど。そんな中で、事件報道を求めている人が、いったい何を求めているのかを知りたいのだ、と私は漠然と考えていた。その最中のこのツイートは、非常に興味深く、多方面で話題を広げられそうであった。

 メディアの事件報道は、「被害者の外殻」を把握することで事件を知ろうとする。もちろん、その外殻は本人の心情ではなく社会的カテゴリーのことである。「オタク」や「会社員」は、そのようなカテゴリーのひとつだ。
しかし、その外殻とは社会的カテゴリーであるならば、それは社会が生み出したイメージである。そして、社会が社会の中で強化していったイメージでもある。これはどういうことかというと、あるひとつの事件報道が次の事件報道を行う時の対象へのイメージに連鎖してしまうことなのだ。
 人々だけでなく、メディアもイメージに縛られているのではないか。

 メディアは本当の心の中には入ることは不可能だろう。なぜなら人間一個人でさえ、対する一個人の気持ちをすべて理解できるとは思えないからだ。警察でさえ、容疑者の心理をすべて理解していくために証拠を揃えるわけではなく、事件のディテールを把握するために証拠を集めるのである。
 一方で公共性という観点に立つと、「事件がなぜ起きたか」というポイントと同等もしくはそれ以上に公共性が高いものとして、「事件を防ぐ・被害を減らす」ことがあるのだが、事件を防ぐには原因が必要であって、そこを報じないわけにはいかない。しかし、現在のメディアというのは、事件報道になると被害者と加害者双方の周辺を聞き込むこと・記者クラブで警察からの情報を得ることが原因報道の第一歩となっていて、しかもそこから踏み出せていない。実例を、平成30年6月9日の夜に起きた東海道新幹線殺傷事件の事件報道から見ていきたい。
 なお、ここから取り上げるのは、バックナンバー性の低いテレビではなく、バックナンバー性の高い新聞である。また、掲載に際して、被害者名・加害者名は伏せた形とし、プライバシーに配慮する。このあたりはご容赦いただきたい。

 事件の概要

 各紙が主に6月10日(事件発生の翌日)に掲載した概要は以下の通り。

 6月9日午後9時50分頃、「のぞみ265号」車内で刃物を持った男が乗客を殺傷。男性1人(名前伏せ)死亡・女性2人重傷。神奈川県警はこの刃物を持っていた自称無職の男(名前伏せ・22歳)を殺人未遂容疑で逮捕。男は「むしゃくしゃしてやった。誰でも良かった」と供述しており、署は無差別的な犯行とみている。各紙は過去に起きた類似事例として、2016年5月に起きた新幹線のぞみ内ガソリン燃焼による自死事件を取り上げている。

 各紙の報道 ~初動はどうだったか

 ここからは、朝日・毎日・読売・産経の各紙が報道した内容を見ていく。なお、11日朝刊はそろって朝刊は休刊だったため省略する。

 ◆朝日新聞10日朝刊(14版)

 1面では事件概要、被害状況、当時の現場の状況やいきさつ、事件当時の乗客の証言、Twitterに写真が挙げられていることの説明。また、先の類似事例を取り上げている。

 33面では、見出し=『騒然「逃げ場ない」』。乗客の証言で現場の惨状を伝える。また、JRの取り組みについて、「JR、手荷物検査は消極的」と。2001年の米国同時多発テロ事件を機に、車内のセキュリティを強化し、15年ののぞみ自死事件以後はカメラの増設や常時録画を行うことで抑止力としていた。しかし手荷物検査は利便性を失うと消極的。

 ◆毎日新聞10日朝刊(13版)

 1面は事件の概要のみ。不明部分が多く、今回比較した4紙では最も初動の情報が少なかった。

 ◆読売新聞10日朝刊(14版)

 1面では事件の概要と、警察が発表した動機についてと、新幹線の警備体制について。37面では車内の当時の写真と、乗客の証言、また先の類似事例について説明を行っている。

 ◆産経新聞10日朝刊(14版)

 1面は事件の概要と類似事例について。29面は見だし=『「助けて」後方車両に逃げ』。ネットの書き込みも取り上げる。

【分析】

 10日朝刊については、前夜に起きた事件とあって情報が不足した毎日新聞と、朝日・読売・産経の各紙の情報量の差が激しいものだった。事件発生から24時間が経過していないために、動機についての報道はまだ進展しておらず、むしろ事件を具体的な事象として捉え対策の検証を取る態度がほとんどである。

 各紙の報道 ~時間経過は報道にどのような影響をもたらしたか

 日曜日は夕刊が発刊されない。また先も述べたが、11日朝刊は休刊日だった*1ために、次に取り上げるのは11日夕刊である。この時点で、事件発生から1日半ほど経過をしており、この時間がどのように報道に影響しているのかを分析したい。

 ◆朝日新聞11日夕刊(4版)

 事件概要、現場の状況に加え、男が自殺をほのめかしていたこと、被害者遺族のコメントが報じられた。

 ◆毎日新聞11日夕刊(3版)

 前日と比べ、写真がついてより詳細になった。県警は殺人に切り替えて捜査とのこと。男のリュックサックからなたやナイフ。11面では乗客の混乱の様子。男が「自分は価値ない」と供述している。

 ◆読売新聞11日夕刊(4版)

 被害者男性が犠牲になったこと、加害者には「自殺願望」があったこと、遺族のコメント、JRについて。

 ◆産経新聞11日夕刊(4版)

 1面。死亡した男性が女性をかばって殺されたことが判明。「前触れ泣く無言で刃物」。堺の男子高校生(乗客)は、服に血がついて血だまりを見た、と。加害者男性は半年前に家出しており、自殺願望があったという。新幹線は安全対策が必要であるという記事、それに被害者男性への悲しみの声。

【分析】

 やはり時間の経過とともに、加害者男性を取り巻く環境と動機らしきものを探ろうとする傾向が高まっている。しかしながら、動機が詳細より大事というわけではなく、むしろ詳細に関しての記述が強化されている。

 各紙の報道 ~詳しくなる加害男性の内面的記述

 12日朝刊を見ていく。その前に、報道を見る際に当事者のコメントが大きく影響することがある。ここでは、この日に報じられた加害者の実母のコメントを抜粋する。

「どちらかといえば正義感があり、優しかった一朗が、一生掛けても償えない罪を犯したことで困惑している」

「私なりに愛情をかけて育ててきた」

(就職がうまくいかず、自殺をほのめかすようになった直後の、祖母との養子縁組のあとに)「無理矢理連れ戻していたら」

 ◆朝日新聞12日朝刊(14版)

 34面。犯人は祖母宅から家出をし、その祖母名義のキャッシュカードを用いて数ヶ月野宿をしており、事件の当日に上京している。長野県で刃物を買った。実母のコメントは上記。また昨年末より親族を離れたか。一方、被害者男性の人柄についても記述されている。

 ◆毎日新聞12日朝刊(13版)

 31面。加害者が唐突に襲撃してきたこと、勤務先にコメント。加害者のノートに「新しい自分を取り戻す」。

 ◆読売新聞12日朝刊(14版)

 39面。凶器、被害者について取り上げている。

 ◆産経新聞12日朝刊(14版)

 26面。22歳容疑者は長野で野宿していた、「この世にいても無駄」。新幹線の密室での犯行をどう防ぐかについても取り上げている。

<分析>

 より加害者の犯行動機に接近した報道になっている。実の親・祖母など、近辺の人間関係から探っている。

 各紙の報道 ~以降の報道頻度と、詳細な報道

 ここからは各紙で報道のタイミングが異なる。13日はほとんど報道がなく、14日朝刊・夕刊までを一応チェックした形での分析になることをご了承願いたい。

 ◆朝日新聞14日朝刊(14版)

 32面。JR車掌が加害者が犯行時に15分間「話聞きます」と説得していた。神奈川県警の取り調べに対して、「人を殺したい願望があった」「社会に恨み」。一方、車内で座席を取り外して自己防衛する手段という意味での「盾」を取り上げた。

 ◆毎日新聞14日夕刊(3版)

 29面。取り調べに加害者「社会拒む」。車掌が加害者を監視していた。

 ◆読売新聞14日朝刊(14版)

 34面。ナタやナイフは3月に購入したもの。

 ◆産経新聞14日朝刊(14版)、同日夕刊(4版)

 朝刊は31面。「殺人願望 昔から」。夕刊は、死亡した被害者男性が転倒後に再び制止して反撃に遭ったとみられることと、車掌長が15分説得したことを伝えた。

<分析>

 事態の把握→被害者・加害者の詳細というフローはすべての新聞で徹底されている。テレビほど報道がセンセーショナルである必要もなく、ある意味冷静ではある。新聞というメディア故の結果だったかもしれない。テレビでの分析を行いたいとも思ったが、スケジュールと分量から不可能だった。