風見鶏はどこを向く?

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人間関係にホルマリン漬けにされる感覚

 全休だった金曜日にまで予定に埋め尽くされ、僕はただでさえ余白のない生活ペースを維持しなければならなくなった。

 生活の中で様々な人に会う。授業やサークルで、様々な友、ないしは先輩と会う。皆それぞれの良さがあり、それなりの知見を持っていて、話していて楽しい。楽しいけれど、どことなく違和感を抱くときがある。

 入学した当初はコミュニティを拡げることに必死だった。そしてそれに伴って出来た関係に満足するだけで十分だった。しかしそれも今では違って、その関係にむしろ雁字搦めになって身動きが取りにくくなっているような気もする。

 行きの電車は十三から同級生に会い、帰りの電車は殆どの学生が十三までにはいなくなる。そこからはいつも一人。そういうこともあって、十三が僕にとっては公私の境目になっている。つまり、そこを越えてしまうと途端に僕は形成されたコミュニティの意識を失って、むしろ昔のことを思い出してしまうのだ。

 コミュニティを作るのがうまくない人間にとっては、コミュニティを維持して意識することはとても難しい。中高の友達とは殆ど連絡を取っていない。ある程度なら仕方ないことなのかもしれないが、全く連絡を取らないのだから、やっぱり今の関係にホルマリン漬けにされてる証左だとしか思えない。

 ドツボに嵌る前に今の自分を見直せたらいいのだけど(、そんな時間はない)。